| 長野県 > 伊那・駒ヶ根・飯田・昼神 > 飯田・天竜峡 | |
| 宿泊条件の絞り込み 条件絞込み解除 | |||||||
| 宿 型 | ホテル | 旅館 | ペンション | 公共の宿 | 貸別荘 | ハイクラスの宿 | スイートルーム |
| ベ ッ ド | シングルベッド | ベッドが2つ | ダブルベッド1つ | ベッドが3つ | ベッドが4つ | 和室あり | 和洋室あり |
| お食事 | 朝食のみプラン | 夕食のみプラン | 朝夕食付プラン | 部屋で夕食 | 個室で夕食 | 部屋で朝食 | 個室で朝食 |
| お風呂 | 貸切露天風呂 | 露天風呂付客室 | 露天風呂 | 展望風呂 | 温泉のある宿 | 天然温泉掛流し | にごり湯 |
| 割 引 | ポイント割引き | 子供料金 | ネットOK | ペットOK | コンビニあり | バス・トイレ付き | クレジットカード可 |
| 設 備 | エステ設備 | サウナ | ジャグジー | フィットネスジム | バーベキュー | 宴会場あり | 幼児用布団食事 |
| 交 通 | 駅から徒歩5分 | ビーチ徒歩5分 | ゲレンデ徒歩5分 | 送迎あり | 駐車場無料 | checkin14時前 | checkout11~ |
| 並替え | 価格の高い順 | 価格の安い順 | じゃらんnet人気順 | ||||
![]() | ![]() くちこみ評点: 4.1点 - くちこみ件数: 157件 参考料金: 7,665円 長野県飯田市下久堅知久平1815 ![]() 最寄駅: 伊那八幡 駅周辺の地図 子供無料や福袋が人気!天竜川と美肌鍋と肌スベ温泉で貴方に玉子肌 - 7/31(土)花火の日に空室出ました!目の前で大迫力!お子様無料や福袋が大人気!天竜川を望むお部屋と展望大浴場は…化粧水不要と言われる肌スベ天然温泉で、コラーゲン入りヘルシー美肌鍋でつるすべ肌♪チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 花薫る宿 よし乃亭 |
![]() | ![]() くちこみ評点: 4.3点 - くちこみ件数: 32件 参考料金: 7,500円 長野県飯田市追手町2-641-10 ![]() 最寄駅: 飯田 駅周辺の地図 飯田城址の高台に建つ眺望・味覚・天然温泉の御宿。 - 飯田城址の高台に建つ、眺望・味覚・天然温泉の御宿です。大浴場からは遠く南アルプスを望み、眼下に飯田市街をご覧頂けます。湯上りには、四季折々旬の素材を大切にした季節の会席膳をお楽しみください。チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 天空の城三宜亭本館 |
![]() | ![]() くちこみ評点: 4点 - くちこみ件数: 118件 参考料金: 4,980円 飯田市錦町1-10 ![]() 最寄駅: 飯田 駅周辺の地図 信州の南玄関口として栄える飯田市の街中にある老舗のホテル - JR飯田駅より徒歩3分という好立地。飯田市街地にあり飲食の便利も良い他、信州ならではの、自然や静かさも存分に味わえる。地産地消にこだわったコース料理もお楽しみいただける。チェックイン:15:00 - チェックアウト:11:00 【地図】 ホテルニューシルク |
![]() | ![]() くちこみ評点: 4.2点 - くちこみ件数: 14件 参考料金: 10,500円 飯田市川路4942-2 ![]() 最寄駅: 飯田 駅周辺の地図 天竜峡奥三河国定公園内の屈指の景観を目にしつつ京風懐石を堪能 - 渓谷の中にひっそり佇む室数十部屋の旅館。京風の懐石料理。お部屋からは四季折々の自然美と眼下を流れる天竜川が望める。★20周年記念開催中!ご宿泊の方に「峡泉の湯」プレゼント(1組様につき1本) チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 静かな渓谷の隠れ宿 峡泉 |
![]() | ![]() くちこみ評点: 3.8点 - くちこみ件数: 41件 参考料金: 4,550円 長野県飯田市久米646-1 ![]() 最寄駅: 飯田 駅周辺の地図 久米川独自の源泉は体調改善・お肌しっとりの湯として地元でも有名 - 飯田インターから約10分の山間の一軒宿。観光からビジネス・湯治客までこまやかな対応が自慢。長期宿泊者が多いというのも気楽さとサービスのよさのあらわれ。静かさは一軒宿ならでは。チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 湯元 久米川温泉 |
![]() | ![]() くちこみ評点: 3.6点 - くちこみ件数: 46件 参考料金: 3,000円 長野県飯田市常盤町28 ![]() 最寄駅: 飯田 駅周辺の地図 ビジネス、レジャーの拠点におすすめ! - 山脈が一望できるホテル。高速バスターミナル終点のとなり。全室インターネット無料接続OK。果物狩りや天竜川舟下りなど、観光にも。ビジネスやレジャーの拠点に。チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 ホテルオオハシ飯田 |
![]() | ![]() くちこみ評点: 4点 - くちこみ件数: 7件 参考料金: 5,775円 長野県飯田市龍江194 ![]() 最寄駅: 時又 駅周辺の地図 山間にひっそりとたたずむ、家庭的な和風料理旅館 - 大自然に囲まれ、四季折々の自然を感じる事ができる家庭的な和風料理旅館。近くには天竜ライン下りで有名な天竜川が流れラフティングやカヌーが楽しめる。その他様々な体験学習も事前予約により楽しめる。チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 旅館 丸山の湯 |
![]() | ![]() くちこみ評点: 点 - くちこみ件数: 3件 参考料金: 11,300円 長野県飯田市龍江7454 ![]() 最寄駅: 時又 駅周辺の地図 雄大な絶景 南信州天竜峡とラドン含有量豊富な温泉満喫 - 全てのお部屋から天竜渓谷の絶景が臨める和風温泉旅館。温泉の泉質が非常に良い地域であることで知られる。お料理は和風会席料理をご堪能下さい。チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 龍峡亭 |
![]() | ![]() くちこみ評点: 3.6点 - くちこみ件数: 45件 参考料金: 5,700円 飯田市育良町2-3-5 ![]() 最寄駅: 飯田 駅周辺の地図 飯田インターより1分!高速バスも「伊賀良」より5分と便利です! - 飯田に泊まるならルートイン!中央自動車道「飯田IC」よりお車で1分。高速バス「伊賀良」停留所より徒歩5分の好立地。男女別大浴場、バイキング朝食・夕食レストラン「花々亭」も好評です。チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 ホテル ルートイン飯田 |
![]() | ![]() くちこみ評点: 3.7点 - くちこみ件数: 12件 参考料金: 5,250円 長野県飯田市砂払町1―695 ![]() 最寄駅: 飯田 駅周辺の地図 男女それぞれ10のお風呂がある、温泉自慢の宿! - 長野県南信州、飯田に位置。城下町の風情を残す、どこか懐かしい街。お宿の自慢は10のお風呂。ほぐし湯・ひきしめの湯・うたたねの湯・露天風呂・薬湯など、それぞれ身体に良さそうな温泉が魅力。チェックイン:15:00 - チェックアウト:10:00 【地図】 砂払温泉 |
![]() 02. 豊川稲荷 トラベラー: hhb00102 旅行先: 豊川・御津 旅行目的: 寺社・札所めぐり 旅行期間: 2010/07/22 ~ 2010/07/22 | 沼津の市場で朝酒を頂いてから、再び普通列車の旅。名古屋に向かいますが、途中で豊川に寄ってみようかなと。
豊橋から飯田線に乗り換えてお稲荷さんに寄ってみます。
11:37沼津
↓ (東海道線)
12:30静岡
12:32
↓ (東海道線)
12:59島田
13:08
↓ (東海道線)
13:52浜松
14:02
↓ (東海道線)
14:36豊橋
14:43
↓ (飯田線)
14:54豊川
|
![]() 03. 今川義元公墓所 トラベラー: hhb00102 旅行先: 豊川・御津 旅行目的: 歴史・文化・芸術 旅行期間: 2010/07/22 ~ 2010/07/22 |
豊川稲荷を参拝後、電車の待ち時間に駅前の観光地図を見ていると、近所の牛久保駅に今川義元公の墓所が有るとの事。ちょっと寄っても、名古屋行きの電車に間に合いそうかな?
16:13豊川
↓ (飯田線)
16:15牛久保
16:46
↓ (飯田線)
16:54豊橋
17:01
↓
17:57名古屋
|
![]() --【長野】飯田ドライブ♪ トラベラー: kazu0204 旅行先: 飯田 旅行目的: ドライブ・ツーリング 旅行期間: 2010/07/04 ~ 2010/07/04 | 相方の友人に会いに、中央道で飯田まで1,000円ドライブ♪
飯田とお隣の高森町を案内してもらいました☆
高森町の不動滝は聞いたことがなかったけど、
その迫力にびっくり!
他にもプラネタリウムなど満喫できました♪^^v
お土産まで頂いて、ありがとうございました~☆ |
![]() 九州梅雨紀行 ③ トラベラー: shoubunreise 旅行先: 高千穂峡周辺 旅行目的: ドライブ・ツーリング 旅行期間: 2010/07/02 ~ 2010/07/04 |
九重夢の大吊橋は、3年前だが阿蘇から別府へ抜ける途中お客様から何とか行けないかといわれたが当時完成したばかり、予想外の観光客で周辺道路が渋滞、諦めていただいた経緯がある。高千穂はガイジンさんが行くことはまあなかろうが、日本人としては興味津々で今回一番行きたいところであった。天孫降臨という言葉に凄くワクワクするのは歳のせいだろうか。それから湯布院、由布院とも書くが、町村合併の妥協の所為とか。以前は別府の郊外、今は九州の軽井沢の別名。由布院盆地東西8キロ南北22キロ。一番のポイントはなんといっても金麟湖、先ず名前が美しい。地震のたびに小さくなるといわれるが、予想以上に小さい。湖畔の有名カフェでシホンケーキを味わう。美味。丁度お昼少し前、薄曇の中でしばし寛ぐ。近くには小生の名前と近い亀の井別荘を通り抜ける。何故か九州の観光ガイド本には20ページに亘って記述されているから一大観光地なのだと思うが、中心地はこの湖と湯の坪街道周辺だけのようだ。滞在僅か1時間、あれもこれも詰め込むパックツアーの定番。
次が九重夢の大吊り橋、標高既に777M、箱根芦ノ湖の高さに近い。長さ390M高さ173Mと日本最大。実は足が竦むと恐れたが、橋桁がシッカリしていて怖さがない。ここも辛うじて薄曇、雄滝・雌滝に子滝までよく見えてラッキー。平成18年2006年10月末のオープン時、年間高々30万人程度と予想していたのが、これまでの3年半で230万人と大盛況。3年前に行けなかった背景がよく分かった。設計上震度5と1800人の荷重まで持つが、風速15Mと震度4で閉鎖とか。村興しの成功例だろうか。
ここからが長距離走行、阿蘇の外輪山を回り込み、一挙に宮崎県まで走る。いよいよ雨模様、折角の九重連山と飯田高原・久住高原の景色がけぶっている。3年前の素晴らしい景色を願ったのが暗転、窓の水滴を眺めながらの我慢行。何でわざわざこんな中でここまでとの繰言は飲み込んでひたすら高千穂峡を目指す。午後4時半過ぎ雨の中に到着。その昔阿蘇の溶岩を五ヶ瀬川が長い間穿ってできた柱状節理の断崖。観光写真で有名な峡谷のボート遊びは時間的にも無理な話ではあったが、話題のパワースポットのひとつ、神話の世界の雰囲気はチョッピリ味わえた気がした。後は阿蘇内の牧温泉まで大雨と暗さの中を1時間と少し。ああシンド!が本音。
|
![]() 辰野ほたる祭り ホタル町の火垂るホテル トラベラー: めーてる隊長 旅行先: 辰野・箕輪・高遠 旅行目的: イベント・祭り・花火 旅行期間: 2010/06/27 ~ 2010/06/27 | 足跡たどってシベックさんの旅行記に訪問♪
http://4travel.jp/traveler/breeze63/album/10355187/
ホタル三昧の旅行記に目が点(・・)
つぎの日、めー隊長は現場に立っていた。
長野県の桜の名所、高遠の近くにある辰野町。
JR中央線・飯田線の辰野駅から徒歩10分ほどの
「辰野ほたる童謡公園」で、ほたる祭り開催。
6月19日(土)~27日(日)9日間の最終日のレポートです。
ホタルは雨上がりの蒸し暑い晩に良く出るとか?
晴れ女めー隊長・・・辰野町のHPで「雨でも出た」を確認し♪
『多少の雨なら良いだろう』と、中央道を北へ走る。
おでかけ不足・日照不足・軍資金不足の身・・・
お泊りはできないけれど、ちょいドライブで鬱憤晴らし。
なんたってETC割1,000円のうちだべさ。
高速で2時間半は日帰り圏内よ♪と、午後からスタート!
ところがです、駒ケ岳あたりからドシャ降りの雨!!
2日前に13,500匹飛んだホタルは、昨日の低温で終わったかも?
とにかく行ってみなきゃわかんない・・・
表紙は蛍のホテル(ヤマホタルブクロ)
「ねぇねぇ、雨降ってきたしぃ、涼んでいかない?」
「えー、まだ明るいじゃん・・・」
「ほんと、涼むだけだからさぁ~ ねっ」
な~んちて、INしてるかも・・・
頑張れ~ ホタル君♪
|
![]() 伊那谷ドライブ【昼神温泉・伊那谷道中・ソースかつ・分杭峠】 トラベラー: やっピー 旅行先: 阿智・平谷 旅行目的: ドライブ・ツーリング 旅行期間: 2010/06/14 ~ 2010/06/15 | 面積がめちゃくちゃ広い長野県。今までなかなか飯田とか伊那とか“南信”と呼ばれる地域にクルマで出かけることはありませんでした。
…ってか、むしろ初めて。一度だけ親父の運転で木曽にドライブしたことはあったけど、伊那谷へクルマで出かけるのは完全に初めてでした!
今回は休日を利用して、そんな伊那谷をじっくり巡りながら南信州の名湯・昼神温泉に浸かりに出かけてみることにした。
地元から麦草峠を越えて諏訪へ。そこから中央道を走って一気に伊那谷を南下、飯田を目指します。
岡谷JCTから南の中央道は初めてのドライビング。平日の昼間のせいか、クルマもまばらで快適なドライブでした。
休日ならばETC割引がでかかったけど、こればかりは仕方ない…。そのぶん宿に安価で泊まれるのだからヨシとしよう。。。
諏訪から1時間半ほど。トンネルも急カーブもなく快適な中央道を経て、飯田山本ICを出る。
三遠南信道…という新たな高速道路が延びていたのにはビックリ!もともと不便な道路が多かった南信地区だけに、早期全線開通が待ち遠しいもんですな!
中央道を降りて約15分、長野県阿智村にある昼神温泉郷へ。今夜お世話になる宿『お宿・山翠』は温泉街の入口近くにありました…。
茅葺きの風情ある門構えに美しい日本庭園。建物もリニューアルされており、比較的新しかったから綺麗でしたね。
昭和40年代開湯…という比較的歴史の浅い昼神温泉ですが、今では南信州随一の温泉街としてすっかり定着!
地元自治体も各旅館や商店も、昼神温泉の活性化にかなりのアイデアや力を注いでいて、ひなびていながらも活力あふれる温泉街…といった印象を受けました。
肝心の温泉も単純温泉にほのかに硫黄が交じった良泉であり、ぬるめの泉温も暖かい南信にピッタリでしょう。
料理もボリュームたっぷりで、かなり満腹になりました。さすが名古屋に近いだけあり、インパクトの強い味付け&食材でしたよ(笑)
馬刺しにステーキ、なすの揚げびたし…。少食の方にはちょっとキツイくらいかも。。。
南信州・昼神温泉。中央道のICから近い、暖かな山あいの小さな温泉街でしたが、なかなか風情ある温泉でした。
二日目も山あいの昼神温泉に朝までゆっくり浸かってからをあとにする。あっという間でしたが、静かなよい温泉でした…。
今日はせっかくなので、帰り際に伊那谷のいくつかのスポットを観光しながら帰ることに。
まずは昼神温泉からクルマで10分ほどにあるテーマパーク『伊那谷道中』へ向かうことにする。
ちょっとわかりづらい場所にありましたが、無事に到着!ここは伊那谷の昔ながらの姿を紹介しながら文化に触れられるテーマパークとのこと。
古い信州の街道をイメージした造りになっており、日光江戸村っぽい感じ?…と言ったところだろうか。
ほとんどは養蚕や酒造・農業などの昔ながらの産業を紹介するとともに、それぞれの店舗がお土産屋となっていました。
俺もとりあえず、南信の名酒“喜久水”のショップで日本酒を土産に購入。それとともに『酒ソフトクリーム』なるものを食べてみた!
香りは日本酒そのもので、なかなか面白い味わい!ノンアルコールとのことなので、クルマを運転する人も食べられるのが嬉しかったね(笑)
この伊那谷道中、じっくり見るには2~3時間くらいはあったほうがいいかも。昔ながらのテーマパークが好きな方は尚更でしょう!
しかし今日は平日のせいか団体客以外は観光客もまばら。閑古鳥が鳴いていたのは不景気のせいだろうか?入場料は600円とリーズナブルなのになぁ…。
飯田をあとにし、次は中央アルプスのふもと・駒ケ根へ!
駒ケ根…といえば、知る人ぞ知るB級グルメ『ソースかつ丼』が有名な場所!初めてだったので、今回は中央道の駒ヶ岳サービスエリアで食してみることに。
やや甘いさらっとしたソース&サクサクしたかつ&キャベツの組み合わせが絶妙で、想像以上の美味でした!
普通のソースとはちがい、トロミが少ない甘いソースが駒ケ根流らしい。今ではスナック菓子やソースかつキャラメルなるものも誕生し、かなり盛り上がってる様子でしたが(笑)
実際市内にも数え切れないくらいのソースかつ丼店が乱立しており、B級グルメが町おこしにもたらす効果は絶大なんだな~と感じました。
今回はサービスエリアでの試食になりましたが、いろんな名店があるようなので、次は別なとこで食してみたいものです!
さて…最後はちょっと噂のパワースポットに立ち寄りながら帰ることにする。
駒ケ根からクルマで30分くらい。旧長谷村~大鹿村にまたがる“分杭峠”がそのパワースポットである。
アンビリーバボーなどのTVでも何度か取り上げられたこの場所、なんの変哲もない山道の峠なんだが、ここは凄い場所なのだ…。
『磁場ゼロ』と言われ、ここでは+と-の磁気が打ち消しあう際の強いエネルギーが発生し、コンパスの方位磁石がクルクル回ってしまうほどすさまじい場所だという。
日本最大の断層“中央構造線”の中央にあたるこの場所で、そのエネルギーがぶつかり合うとのことで、病気が治る…だとか幸せになる…だとか様々な噂が飛び交い、今ひそかなパワースポットになっているのだ。
クルマもすれ違えないような険しい山道をゆくと、かなりの人数が水を汲んだり磁場を浴びるために峠にたむろしているではないか!平日なのに数十人の人が訪れていたのにはかなり驚きました。
しかし峠の頂上は駐車禁止になっており、やむなく少しふもとの駐車場にクルマを止めてそこからマイクロバスで峠に向かう(バスは往復600円したが…)。
まわりの客層を見ると、TVを見て好奇心で訪れた中年&パワースポット巡りが好きそうな女子&ちょっとワケありそうな夫婦やカップル…などなど、若干不気味な感じもしました。
早速、峠の頂上でバスを降りて徒歩5分ほどにある最大のパワーがあるという地点に行ってみることに…。
山奥にちょろちょろ流れる水をタンクに汲む人や、目を閉じてひたすら磁場パワーを身体に取り入れる人…。
まるで何かに取り付かれているかのような、不思議な空間でした。
気のせいだろうけど、俺もなんとなく磁場ゼロの場所に着いたら頭がクラクラしてきた(笑)
病気や精神にどれくらいの影響があるのかはわからないけれど、なんとも不思議であり不気味な場所でした。
テレビのせいもあるけれど、ここまで多くの人が遠方から押しかけるパワースポット。騙されたと思って、一度行ってみてはいかが?
その代わり、すさまじい山奥&休日はかなりの混雑だと思うのでご承知おきを…。
最後は長谷村~桜で有名な高遠を経由し、諏訪から和田峠経由で地元に帰りました。
初めての伊那谷ドライブ。昼神温泉でゆっくりし、伊那谷道中で遊び、ソースかつ丼でグルメを堪能し、最後は分杭峠でパワーをもらう(?)というバラエティーに富んだ二日間になりました!
電車だとなかなか不便な場所ですが、レンタカーなどを駆使したら行きやすいと思います。
それにしても、広い広い長野県。まだまだ行ってない場所&行きたい場所もたくさん!
限られた時間しかない今だからこそ、近場を巡るのもいいかもしれませんな。。。 |
![]() 長野県飯田市上村 『天空の里』 トラベラー: wan_wan 旅行先: 飯田 旅行目的: 登山・ハイキング 旅行期間: 2010/06/05 ~ 2010/06/05 | 聞いたことはあったのですよ…。
飯田に「日本のチロル」と呼ばれる所があることを…
見た事もあったのですよ…。
観光ポスターか何かで…
遠い所のことだと思っていたけれど…
この春から飯田界隈に住むことになり…
早速 天空の里、「下栗の里」へ出掛けてきました。 |
![]() 横須賀線の歴史的痕跡を探す~大船-横須賀間編明治領歌【再製建造中】~ トラベラー: 横浜臨海公園 旅行先: 横須賀・三浦半島 旅行目的: 歴史・文化・芸術 旅行期間: 2010/06/ ~ 2010/06/ | 一般的に「横須賀線」とは東京-逗子-久里浜駅間の路線と思われがちですが、実際は、大船-久里浜駅間23.9kmを称します。
帝國海軍は横浜に所在した東海鎮守府が敷地狭隘と当時横浜に雑居していた仮想敵国たる支那人に対する防諜上とを理由に明治17年(1884年)12月15日附で横須賀に移転し茲に横須賀鎮守府が改称成立する。
然し、現在と異なり当時は横浜から横須賀への道路は1本しか存在せず、且つ、当然未舗装な上に悪路で馬車通行すら難儀する状態だった為に、有事勃発時の人員物資等の緊急大量輸送に鑑み、初代鎮守府長官中牟田倉之助(なかむたくらのすけ)海軍中将(天保8年(1837年)3月30日~大正5年(1916年)3月30日)から輸送手段改善が提議される。
更に、明治19年(1886年)6月22日附で陸軍大臣大山巌(おおやまいわお)陸軍大将(天保13年(1842年)11月12日~大正5年(1916年)12月10日)、及び、海軍大臣西郷従道(さいごうつぐみち)海軍大将(天保14年(1843年)6月1日~明治35年(1902年)7月18日)の連署で内閣に請議書を提出し鉄道設置が要請される。
国立公文書館に於いて現存する文書で、
鐵道建設ニ関スル請議書
相州横須賀ハ第一海軍区ノ海軍港ニシテ造船所武庫倉庫其他病院兵営練習艦隊等ヲ置キ鎮守府之ヲ管轄シ艦船ノ製造修理、兵員ノ補充ヨリ兵器弾薬被服糧食等ノ供給ニ至ルマテ海軍艦船ニ在リテハ之ヲ此港ニ仰カサルヲ得ス。又観音崎ハ東京湾口ニ斗出スル岬角ニシテ砲台ヲ置キ其防禦ニ充テ、実ニ東京湾防禦ノ要路ニ当ルノミナラス其背面ニアル長井湾ノ如キハ敵兵上陸要衝ノ地ナルヲ以テ、是亦陸軍ニ於テ最大枢要ノ地トス。然リ而シテ東京ヨリ横須賀観音崎ヘハ独リ海運ノ便アルノミ神奈川又ハ横濱ヨリハ連岡其間ヲ隔テ、峻坂嶮路車馬ノ途ヲ通セス、陸運ノ便ナキヲ以テ平時ト雖トモ風波ノ為メ輒モスレハ運輸ノ途全ク断絶シ困難ヲ生スルコト尠カラス。況ンヤ一朝事アルニ際シテハ兵器糧食ヲ横須賀ニ運輸シ陸軍軍隊ヲ長井湾地方ニ派遣シテ敵兵ヲ防禦セントスルモ運輸ノ途ナキカ為軍機ヲ失スルコトナキヲ得ス可ラサルニ於オヤ。故ニ此際汽車鐵道ヲ神奈川若ハ横濱ヨリ横須賀又ハ観音崎近傍便宣ノ地へ布設スルハ陸海両軍略上最モ必要オク可ヲラサルノ事項ニシテ大ニ両軍勝敗ノ関係スル所ニ之有之候條、汽車鐵道布設ノ義至急御詮議有之度此段請閣議候也
陸軍大臣伯爵大山巌
海軍大臣伯爵西郷従道
内閣総理大臣伯爵伊藤博文殿
の記述が見られ、行間に朝鮮半島を巡る当時の日清間の緊迫感が窺いさせられる。
他方、東海道線横濱-國府津間は明治20年(1887年)7月12日に開業したが、開通当時は戸塚-藤澤駅間に大船駅は存在せず、建設計画当初の予定では藤澤駅を起点に建設する計画だったが、鵠沼付近で人口密集地通過や長大隧道建設を要する事が判明し、横須賀線設置が政府内に於いても緊急性を要する存在と認識判断され、明治21年(1888年)11月1日に鎌倉郡小坂村字大船付近に信号所を設置して横須賀方面に分岐させる事に決定し工事が開始された。
然るに、路線設置先は三浦半島を縦断するものとなり数ヶ所の隧道設置を余儀無くされる。
殊に、名越隧道は掘削開始直後から三浦半島特有の砂岩、疑灰質岩、泥岩等々が混在する劣悪地質に工事は難航を極め、明治21年(1888年)7月30日には落盤事故も発生し死傷者が生じた。
また、当時は明治維新の王政復古から未だ醒めやらぬ過剰な国権回復運動が盛んな時代背景から世間では此れに伴う仏教軽視たる廃仏毀釈(はいぶつきしゃく)の風が満ち満ちており、古刹たる臨済宗円覚寺と言えども路線建設の前に例外的存在では無く寺側は有無を言わさず泣く泣く外苑たる白鷺池(びゃくろち)は過半が埋没させられ池と総門が分離を余儀無くせざるを得ない状況下に置かれた。
また、鎌倉も鶴岡八幡宮参道で約600年の歴史有する段葛(だんかずら)をも例外とは為り得ず、壱之鳥居から弐之鳥居に至る区間が撤去整理され跡地は線路に向かう緩い勾配を伴う頂点上に八幡踏切が設置された。
また、海軍当局は横須賀駅に就いて白浜村(現在の稲岡町)に設置を希望したが、住宅密集地通過と区画整理とを要する為に逸見村で決着を見る。
然して、大船-横須賀駅間は明治22年(1889年)6月18日に正式開通した。
然し、何事にも例外は存在するもので、横須賀海軍工廠ドックで建造中の国産通報艦八重山(1600トン最大戦速20ノット)の進水式に合わせ、明治天皇が進水式に御臨席あらせられる事になり、正式開業に先立つ3月12日に新橋-横須賀間に御召列車が運転され此れが横須賀線運転史の嚆矢となる。
開業当初は大船-横須賀間の4往復45分運転で平均時速21.6キロだったが同年7月1日に東海道本線全線開業に伴うダイヤ改正で6往復に増便され、更に、明治23年(1890年)1月14日改正で若干スピードアップされ6往復35分運転で平均時速27.8キロとなる。
横須賀線は当時から列車運転本数が多い事から、明治35年(1902年)9月25日に、我が国最初の通票閉塞方式が採用され安全面に於いて寄与する。
然るに、明治42年(1909年)1月13日早朝、扇ガ谷隧道横須賀方坑門付近で旅客列車同士の正面衝突事故が発生し、速度が遅かった為に死者こそ出さなかったものの多数の重軽傷者を出した。
原因は鎌倉駅担当助役が通票閉塞機を不正操作し通票を取出した為で、大正5年(1916年)11月29日には東北本線三沢付近で同様の事故が発生し多数の死傷者を出す惨事が発生し鎌倉列車正面衝突事故が教訓になっていない。
現在の江ノ電の前身たる江之島電気鐵道は藤澤停留所を起点として漸次路線を延長させ明治40年(1907年)8月16日に鎌倉大町停留所に達したが、更に、八幡宮弐ノ鳥居まで路線延長と停留所設置を計画し工事資金の点で横須賀線とは平面交差を希望したが、当時の鉄道の監督官庁たる鐵道院と路面軌道線の監督官庁たる内務省とが列車運行の観点で安全面から難色を示し一時は暗礁に乗り上げるかに見えたが、最終的に鐵道院が2/3、残り1/3を江之島電気鐵道が工事資金負担する事で合意し、横須賀線は鎌倉駅を境に立体交差と築堤化される事で決着を見て、明治43年(1910年)1月に工事着手され僅か4ヶ月で竣工した。
横須賀線は開業後、輸送量の増加に拠り複線化が推進される。
大船-鎌倉間大正5年(1916年)9月13日
鎌倉-逗子間大正6年(1917年)3月
逗子-沼間間大正3年(1914年)8月12日
沼間-田浦間大正9年(1920年)10月19日
田浦-横須賀間大正13年(1924年)12月25日
また、大船-鎌倉間複線化と同時に予てから各方面から切望されていた東京-横須賀間の直通運転が開始され、東京-大船間は東京-國府津間近距離列車に併結切離で運転される。
また、横須賀線は大正13年(1924年)完成を目処に1500ボルト電化が決定し、そのままでは口径不足で架線吊張が困難な為に、隧道口に臨時信号場を設置して単線運転しながら明治期建築の隧道口径拡大工事が実施されたが、不幸にして工事途中に関東大震災に遭遇する。
関東大震災発生時、横須賀線内では鎌倉駅構内停車中の第32貨物列車や田浦駅付近走行中の第514旅客列車に脱線転覆等の被害を生じ、乗客職員に少なからぬ死傷者を生じた。
特に、横須賀線関係では修学旅行で静岡から軍港見学の為に横須賀訪問中の静岡県立高等女学校(現静岡県立静岡城北高等学校)生徒が横須賀駅下車直後に昼食前の点呼中に傘を忘れ駅に戻った生徒1名を除き集結中の教師生徒50数名の背後に聳える見晴山が高さ30メートル、厚さ20メートル、長さ415メートルに亘り崩壊落して全員生埋めになり、市内他所の生存者救出と道路復旧を最優先した為に崩壊現場は約3週間放置され猛烈な悪臭と共に崩壊した土砂上を無数の蠅が飛び交う惨状を呈した。
横須賀線は全線に亘り震災被害が生じたが、取敢えず9月5日に大船-横須賀間全線で復旧工事が開始され先ず単線で復旧された。
然し、田浦-横須賀間は側面崩落や吉倉隧道坑門破壊等々の被害が著しく他区関より開通が遅れる。
此の辺の描写は作家内田百間(うちだひゃっけん)(明治22年(1889年)5月29日~昭和46年(1971年)4月20日)に依る短編小説『進水式』の記述にそれとなく震災前後の状況が描かれている。
大船-鎌倉間9月9日復旧
鎌倉-逗子間9月10日復旧
逗子-田浦間9月13日復旧
田浦-横須賀間9月25日一旦復旧、10月11日豪雨の為に再不通、10月25日再復旧
関東大震災復旧を最優先にした為に遅延していた電化工事は大正13年(1924年)4月に再開され翌年4月に完成する。
かくて、大正14年(1925年)12月13日の東京発横須賀行最終列車より蒸気機関車前部に電気機関車を連結する電蒸運転が開始された。
北鎌倉駅は地元から長年駅設置を求める声が出ていたが、具体的には、大正15年(1926年)4月に、当時の円覚寺住職古川慧訓、及び、建長寺住職菅原時安、両山信徒代表栗田傳兵衛の連署で鐵道省に対し請訓書が提出された事で具体的動きが始まる。
即ち、
請訓書
当地ハ大船駅ト鎌倉駅トノ中間ニ位シ其ノ何レニ乗降スルモ廿五町及至廿七町ノ長距離ヲ徒歩或ハ自転車ニ依ラサルヲ得ス其交通不便ノ為ニ夏季休暇ヲ利用シテ建長、円覚両山ニ参議シ座禅修業セントスル学生ハ年々数百ヲ下ラス然レトモ鐵道不便ノ為鎌倉ノ一部ノミヲ見テ直チニ江ノ島方面ニ向ツテシマウノテ当村ニ夏ノ間タケテモ簡易停車場ヲ設置サレタク此段図面相添テ請願候也
尚円覚寺ハ横須賀線布設当時多大ノ犠牲ヲ拂フテ同寺境内ノ横貫ヲ承認シ鐵道ハ山門ノ中ヲ通リナカラ鐵道ノ不便ヲ嘆スル事多年縣道モ亦同寺内ヲ貫通スルヲ以テ恰モ付近村落ノ中心点ヲナス是同寺側ヲ以テ停車場ノ最好適地ナリトス
文面後半から横須賀線開通の際に於ける円覚寺側の恨み辛みが読み取れる。
北鎌倉駅は紆余曲折を経て昭和2年(1927年)6月1日に乗降場として開設されたが、此の為に小坂村山ノ内の栗田傳兵衛と円覚寺が所有する土地計72坪を鐵道省に無償提供して駅が開設された。
昭和5年(1930年)3月15日より横須賀線は全面電車化されたが、電車化当時は横須賀線専用車輌製造が間に合わず、已む無く、蒲田、及び、東神奈川電車区から京濱線用モハ31型やサロ18型を一時転用させ使用したが、モハ31型のロングシートに沿線利用者の顰蹙と不評を買うが、同年10月より此れらは漸次、長距離用クロスシート設置のモハ32型、サロ45型、サハ48型など横須賀線専用車輌が新製配置され交換される。
余剰となったED51型、ED53型電気機関車は勾配用に歯車比変更の上、中央本線浅川(現高尾)-甲府間に転用される。
また、此れと同時に、大森駅への停車は京濱線電車に限定され、程ケ谷駅(現保土ヶ谷駅)、及び、戸塚駅は横須賀線電車専用駅となり東海道本線列車は通過扱になる。
東京市民や横浜市民にとって明治期から大正末期は芝浦、大森、扇島、鶴見等々が手近な海水浴場地とされたが、第一次世界大戦後に於ける我が国の京浜工業地帯成立と共に重化学工業発達に依り此れらの地は大工場林立の場と化し急激な水質悪化と共に海水浴に不適当とされるに至った。
他方、代替地として一躍脚光を浴びたのが逗子であり、此の為に横須賀線は盛夏期は海水浴客輸送の為に超満員状態が現出する事態に至り、昭和3年(1928年)7月より東京-逗子間に海水浴臨時列車が運転される様になった。
特に軍部は健康増進も兼ね海水浴を奨励した為に、伊勢橿原両神宮参拝と共に戦時中に於ける数少ない公的認定の娯楽となり戦争末期の昭和20年(1945年)を除き逗子の街は大混雑を呈する状況なる。
此れに伴い、湘南逗子地区に於ける新聞発売量が通常時期の50倍を超える事態を生じせしめ、此の膨大な量の朝刊輸送の為に昭和7年(1932年)9月1日より5両編成の専用荷物電車が深夜運転され、木造モニ3型荷物専用電車を電装解除中間車化改造のサニ27型なる新形式車輌が誕生した。
昭和9年(1934年)12月にワシントン軍縮条約失効以降後に於ける新型戦艦建造を見越し、横須賀市蠣ヶ浦(かきがうら)に大型ドックが建設される事になり、翌昭和10年(1935年)7月に工事起工し、昭和15年(1940年)5月4日に第6ドックが竣工した。
因みに、此のドックが如何に大きいかは現在でも米巨大原子力空母が極東地区に於いて検査修繕が可能なのは第6ドック以外存在しない事からも明確である。
軍令部作戦課の要求に依り海軍省は46センチ主砲3門9本搭載のポスト・トレッドノート型超大型戦艦4隻建造を決定し、此れに基づき大和、武蔵、信濃、紀伊が建造され横須賀では信濃が建造されるが、建造中途にしてミッドウェイ海戦(昭和17年(1942年)6月5日)が勃発し帝國海軍空母4隻を喪失した事から、急遽、戦艦から空母に艦種変更され、昭和19年(1944年)11月19日に竣工し呉に回航する為に11月28日に横須賀を出航するが、翌29日に熊野灘沖に於いて米潜水艦の魚雷攻撃が原因で沈没し僅か10日余の命運の軍艦として記憶される。
此れら対英米戦が想定され横須賀の街は緊迫感が募り、防諜上の理由から横須賀線逗子-横須賀間は横須賀湾内を望見されぬ様、海側の窓の日除けは全部降させられ車内には制服憲兵が警乗した。
同時に田浦-横須賀間で横須賀湾が望見される該当数ヶ所にはコンクリート塀が設置される。
横須賀線は横須賀-久里浜間が開通した昭和19年(1944年)4月1日に非常決戦大綱に基づき全国近距離列車への2等車連結を廃止し全列車共に3等車のみの運転となり2等車は3等車に改造すべく大井工機部で4扉サハ78型に入場改造中に海軍より2等車連結が要請され4扉化改造工事は中止され同年8月16日から横須賀線電車に2等車連結が復活したが、2扉サロハ46型は全車4扉サハ78型への改造工事着手済だった為に再連結は断念された為に全列車に2等車を連結する事は不可能な状態であり、概ね、3本に1本の割合で2等車が連結された。
横須賀鎮守府にとって昭和20年(1945年)8月15日の大東亜戦争終結は横須賀鎮守府にとって根本を揺るがす大事であった。帝國陸海軍はGHQ命令で解体させられ、新たに占領軍が横須賀に駐屯して来たが、進駐と同時に2等車は進駐軍に依り全車徴発され、運輸省鉄道総局は昭和21年(1946年)10月2日附で横須賀線の2等車は全車進駐軍専用車として日本人は完全に締め出され乗車不可となる。
然し、2等車が絶対的に不足していた為に、関西からクロハ69型を転入させた他、3等車のサハ48型をロングシートに改造して代用2等車として使用した。
後に、昭和24年(1949年)7月30日より2等車に空席がある場合に限り日本人の乗車も認められる様になるが、但し、日本人が乗車着席している状態で進駐軍の米将兵が立っている時は席を譲り2等車から退車する旨、屈辱的表記が券面裏に記述されていた。
終戦直後から激増した乗客と故障が原因で激減した列車本数とに拠り、横須賀線は列車本数の確保すら困難な状況下に在った。
電車がモーター故障の為に自走不可能になり、已む無く、電車を電気機関車EF53型機に牽引させ最低運転数を確保する。東京の国電では他では中央本線国立-浅川(現高尾)間で実施し、有余の車輌の整備を実施する。
昭和25年(1950年)サンフランシスコ講和会議で我が国の主権が限定回復した頃、三鷹電車区配置の3扉セミクロスシートのモハ51型が関西に転出し、代りに、大阪からモハ42型、及び、モハ43型が田町電車区に転入し横須賀線で使用される。
同時に、モハ32型は身延線や飯田線用に転出する。
また、此の年に、現在も伝統を残す車体の塗装が横須賀線色に変更される。
久々に横須賀線専用車として昭和26年(1951年)1月に3扉セミクロスシートのクハ76型、モハ70型、及び、2等車サロ46型が新製される。
表紙は第1円覚寺踏切から円覚寺境内を見る |
![]() 親鸞ゆかりの越後の国へ トラベラー: 新美勝利 旅行先: 上越(直江津・高田) 旅行目的: 寺社・札所めぐり 旅行期間: 2010/05/26 ~ 2010/05/27 | ● 親鸞ゆかりの越後の国へ 1
浄土真宗の宗祖 親鸞聖人は1207年、法然上人と共に念仏停止を命ぜられ
流罪に処せられた、親鸞聖人は、越後の国、国府に配流され7年ほどこの地に留まった。
その親鸞ゆかりの地を訪ねることができた。
2010年5月29日(水) 晴
亀崎にある古刹 浄土真宗大谷派 浄顕寺さんの役員研修旅行に参加させてもらった。
住職さん一同の引率で7:00亀崎をバスで出立した。
ここ尾張から越後の国までは日本列島を斜めに横断していくのだから、
今日は、数百キロのドライブになることでしょうね。
バスは滋賀観光のトイレつきの豪華なバスに乗車させてくれた。
シート位置は普通の観光バスより一段高い、
見晴らしが良く快適です。
それに今回のバスガイドさん、最近のガイドさんとは異なり、雄弁で雑学博士みたいな方で
ひっきりなしに説明をしてくれる。
飯田インター近辺ではあの黄金の家が名古屋の美宝堂さんの別荘ですよ!
今あの有名な会長さんが体調を壊したそうで静養しているそうです・・・
などと解説してくれる。
必死でカメラを向けたが、
遠方の黄金の別荘を捉えることができなかった。
|
![]() 長野県 JR飯田線 秘境駅「田本」から「温田」まで-ウォーキング トラベラー: wan_wan 旅行先: 高森・松川・南信濃 旅行目的: 登山・ハイキング 旅行期間: 2010/05/08 ~ 2010/05/08 | JRが企画する「さわやかウォーキング」に参加しました。
今回は秘境駅ランキング第4位の駅「たもと」から次の駅「ぬくた」まで約9.2kmの行程。
さわやかウォーキング
~秘境の「田本駅」と阿南町「菜の花畑」を訪ねて~ |
| 宿泊条件の絞り込み 条件絞込み解除 | |||||||
| 宿 型 | ホテル | 旅館 | ペンション | 公共の宿 | 貸別荘 | ハイクラスの宿 | スイートルーム |
| ベ ッ ド | シングルベッド | ベッドが2つ | ダブルベッド1つ | ベッドが3つ | ベッドが4つ | 和室あり | 和洋室あり |
| お食事 | 朝食のみプラン | 夕食のみプラン | 朝夕食付プラン | 部屋で夕食 | 個室で夕食 | 部屋で朝食 | 個室で朝食 |
| お風呂 | 貸切露天風呂 | 露天風呂付客室 | 露天風呂 | 展望風呂 | 温泉のある宿 | 天然温泉掛流し | にごり湯 |
| 割 引 | ポイント割引き | 子供料金 | ネットOK | ペットOK | コンビニあり | バス・トイレ付き | クレジットカード可 |
| 設 備 | エステ設備 | サウナ | ジャグジー | フィットネスジム | バーベキュー | 宴会場あり | 幼児用布団食事 |
| 交 通 | 駅から徒歩5分 | ビーチ徒歩5分 | ゲレンデ徒歩5分 | 送迎あり | 駐車場無料 | checkin14時前 | checkout11~ |
| 並替え | 価格の高い順 | 価格の安い順 | じゃらんnet人気順 | ||||